新潟漆器

歴史と、新しい視点を重ねたことで見えたもの

湊町・新潟で独自の進化をとげた伝統工芸品があります。それは多彩な塗りが魅力の新潟漆器。先入観を捨て、新しい視点を取り入れたブランディングから何が生まれたのか、佐藤専務にお聞きしました。

※このインタビューは2017年10月に採録したものです。

新潟漆器

伝え方で、風向きを変えていく。

佐藤専務 / 共通の友人を介した飲み会に、お互い参加したのが出会いでしたね。最初はそこで顔を合わせて話をするだけでしたが、私たちの取り扱う漆器を見た石川さんが、「面白い仕事してますね」と評価してくれて。そこから会社同士のお付き合いも始まりました。
石川 / 金属や竹の節のような質感をつくり出す変塗(かわりぬり)に、「どうやって加工しているんだろう」と驚いたり、感心することが多かったんですよね。だからこそ漆の器が日常的に使われていないことを、もったいないなと感じていました。違いがわかるご年配の方が手に取っていくのが漆器という印象がありますが、要するにそういうコミュニケーションを積み重ねた結果イメージが固まってしまったのだと思います。そこで時代と呼応するモダンさを表現したら風向きが変わると考えて、ロゴや「萬代箸」のパッケージを提案しました。

先入観を捨てて、広がる世界。

佐藤専務 /「萬代箸」のグラフィック、あれは印象的でしたね。パッケージデザインを変えただけで興味を持つ人が一気に増えて、それが大きな自信になりました。同時に新しいお客様とつながりたいなら、世の中が漆器に対して持っている趣や重厚さなどの先入観を一度捨てなくてはいけない、自分たちの感覚だけで進んでいっても世界は広がらないと気づきました。それ以来、何かあるたびに必ず石川さんに相談しています。「こんなモノづくりプロジェクトに参加が決まったんですけど、今回はどう関わってくれますか」って(笑)。
石川 / 最終的に何をするのかわからないまま毎月開催される会議に連れていかれた、なんてケースもありましたね。江戸後期から明治前期という時代を生きた漆芸家・柴田是真の変塗を復活させるプロジェクトでは、プロダクトデザインにも関わらせていただきました。「何か考えてください。図面みたいなものもあったらうれしいな」と言われたときは、正直「いやいや、専門外ですよ」と思いましたが…。
佐藤専務 / 石川さんは「新潟漆器として、今何をすればいいのか」をしっかり捉えている人。だからそのアイデアを形にすれば、間違いないと確信してお願いしたんですよね。

試してみたい、デザインがある。

佐藤専務 / 国産車のラグジュアリーブランドが主催する、日本の若い匠たちを応援するプロジェクトに選ばれたときも、石川さんのデザインから新プロダクト「mitate(みたて)シリーズ」が生まれました。漆でテクスチャーを変身させる技法、朧銀塗(おぼろぎんぬり)と竹塗を組み合わせたカトラリーを制作できた経験は、とても刺激的でやりがいがありましたね。
石川 / お箸のデザインは私の中でずっと温めてきたものでした。竹塗のお箸を初めて手に取った人は、精巧に塗り重ねられた漆を見て「これ本物の竹の節でしょう?」と錯覚してしまうんです。そこであの衝撃をさらに強めたいと構想していたのが、料亭にある上等な割り箸に近い形状。より竹らしさが増して、受け継いできた技術もいい形で伝わるはずだから試してみたいとお話ししました。ギャップに驚いて触れたくなる、そんな新潟漆器の魅力が表現できたと思います。

ブランドの個性を、どう育てるか。

佐藤専務 / これまで新潟漆器の背景や将来について、本当にいろいろな話を聞いてもらいましたよね。職人たちが切磋琢磨してきた400年もの歴史、他の地域と異なり木地づくりから先は職人のひとり仕事になる特殊性、後継者不足と技術伝承のむずかしさ、変わらなければいけないけれどどうすればいいのかわからないという不安まで。以前はツールが必要なときだけ制作会社にお願いする単発発注の連続でしたから、当然うまくいかないことの方が多かったのですが、話を聞いてもらううちに「この人に全部託して、ブランディングしてもらえばいいのか」と思うようになりました。
石川 / ツールのデザイン一つひとつに対するこだわりよりも、全体を俯瞰で捉えて、どのプロダクトをどのタイミングで、どんなふうに伝えるかが大切なんですよね。私は幸いにも新潟漆器さんの思いすべてを受け取れたので、全体像を描きやすかったし、課題も見つけやすかった。その後は、漆器というものを新しく見せていくデザインを、ずっとつづけてきた感じです。

新しい視点が、後押ししたもの。

佐藤専務 / 結果的に新潟漆器は、とてもいい方向に進んでいると思います。蘇らせてくれたと言ってもいいくらい。テイストが合わないからと避けていた、東京インターナショナル・ギフト・ショーや国際ホテル・レストラン・ショーにも出展するようになり、発信する場所も広がりました。それらの見本市から県外の高級レストランとの取り引きが生まれ、それが次のプロジェクトへと向かわせる原動力になっています。
石川 / 挑戦してみたい取り組みや、めざすゴールはあるんですか。
佐藤専務 / ゴールはずっと更新しつづけること。淡々と伝統を守り、少しずつ発展していけたらと思っています。そのためにも青銅塗や紫檀塗など、かつての技法を復活させたいと準備しているところです。
石川 / 青銅塗はターコイズのような美しい青がすごくいい。仕上げまでの手間が大変だとは思うのですが、他にも本物の御影石と間違うくらいの石目塗も見てみたいなぁ。
佐藤専務/伝承の途中で塗りの工程が簡略化されて、本来持っていた豊かな表情が失われているものもあるので、それをどこまで近づけるかが今の悩み。実際に作る職人と相談しつつ、プロダクトとして成立する方法を模索しながら、できることを増やしていきたいですね。