製品もロゴも、地域でつくる。
吉井取締役 / 石川さんの仕事をはっきりと記憶したのは、ある飲食店のロゴ・デザインです。そのお店が潜在的に持っている魅力や歴史的な背景が、表現のなかにぎゅっと凝縮されているのを感じました。
石川 / その後、石油ファンヒーターの新聞広告を手がけることになったんですよね。お付き合いはあったにしろ、びっくりしたのは50周年を機にリニューアルしたロゴのご依頼でした。
吉井取締役 / 私たちは新潟にある自社工場での製品づくりにこだわっているので、当初からロゴも地元の方にお願いしたいという思いがありました。また信じられないくらいタイトなスケジュールのプロジェクトでもあったので、密にやり取りできる方でないとむずかしいとも考えていました。それで急遽フレームさんの事務所に押しかけ、それからは毎日のように打ち合わせを重ねたり、休日はいっしょに家電量販店へ足を運んでもらったりと、引っぱり回してしまいました。
石川 / そういえば当時は1カ月くらい、社員のようにダイニチ工業さんに通いましたね(笑)。
見直したのは、ブランドの誇り。
吉井取締役 / 50周年を迎えて立ち上げたプロジェクトでしたが、実はずっと製品に入るロゴの扱いを見直したいと思っていたんです。これまで私たちは、いいものをただ一所懸命につくってきました。主力の石油ファンヒーターも加湿器も、出荷台数はどのメーカーよりも多く市場シェアも高い。ですから開発・製造・販売の方法は、間違っていなかったと自負しています。とはいえ企業名を知ってもらうという点では、少し控えめ過ぎました。以前は製品の型番と同等の扱いで、目立たないようにロゴを入れているだけでしたから。
そのせいか名刺交換した方と後日お会いすると、「知らずに、製品を使っていました」とよく言われていたんです。ものづくりには自信があるのだから、企業名もいっしょに覚えてもらいたい。そしてそれを目的とするなら、パッと見て認識しやすいロゴにリニューアルしたい。50年先も見すえ、その考えを社長にプレゼンしたところ、新商品の生産開始に間に合わせるべきだろうとの判断があり、一気に計画が進み始めました。
石川 / あのスピード感には圧倒されました。時間がないとは知りながら、それでも「経営に関わるみなさんに、しっかりヒアリングしたい」とお伝えしたら、「その期間を縮めれば早く完成しますか?」「経営陣には何を聞きたいですか?」と迫られ、すぐにアンケート用紙をつくったんですよね。週の後半にお渡しした取締役向けのアンケートが、週明けにはすべて回収されていたのには驚きました。さらに「社長との面談には、いつ来られますか?」と追い打ちをかけられて、「本気なんだ…もう逃げられない」とついに観念しました(笑)。
ヒアリングが、いちばん大事。
吉井取締役 / 企業にとってロゴの変更は大きな意味を持ちます。ですからこんなに短期間で制作するとは、私も予想していませんでした。そんななか石川さんは、どう実現させるかだけに集中してくれましたよね。
石川 / 私がいちばん大事にしているのは、考え方のベースとなる聞き取りなんです。企業が大切にしてきた思いやこれからのビジョンを聞けなければ、それをデザインに込められません。もしうまく聞き取りできないまま制作したものがリリースされたら、社内に不協和音が生まれる場合だってある。でも今回はそういう部分はクリアできていたので、あとはお聞きした信条を読み解き10〜20案くらいのロゴを提案しました。
吉井取締役 / 出張先だった関西営業所の会議室のプロジェクターに、メールで受け取ったデザイン案を映し出しつつ、電話でやり取りしながらその場で修正もしてもらいましたね。そこで「もうこれしかない」というところまで、方向性が固まりました。
社名とともに、愛があった。
吉井取締役 / 完成までの間にロゴに込めた思いは、依頼した時点ではまったく言葉になっていなかった。それがこんなふうに意味付けられ、価値あるものとして明確になっていく一連の体験は、デザインやコミュニケーションの重要性を改めて考えるきっかけとなりました。
石川 / 「ダイニチ」を英字表記にすると「Dainichi」となりますが、「i」が均等に並ぶその佇まいに、何となく「らしさ」を見出していたんです。しかもそれが人のシルエットに似ていたこともあり、「i→愛→人」なんじゃないかと、スルスル答えが導き出されました。製品への愛も、お客様や社員のみなさんなど関わるすべての人への愛も、ずっと企業とともにあった。社名のなかにすでに存在していたんですよね。
吉井取締役 / ロゴを発表した際、社内での共感もありましたが、特に印象的だったのは協力工場のみなさんからの反応でした。「iは製品を支えてくれる、みなさんです」と定例会でお話ししたら、「おぉ〜」と声が上がるくらい喜んでくださって。ダイニチグループとしても、さらに一体感が生まれた出来事だったと思います。
企業の価値に、再び出会う。
吉井取締役 / 今回の依頼では、石川さんの何でも受け止めてくれる姿勢にも感銘を受けました。作り手である石川さんには主張があるはずなのに、修正などの場面でこちらの意向をすべて汲んでくれましたよね。それを踏まえて、ひとつ上の場所まで連れていってくれた気がするんです。
石川 / 御社のロゴをデザインできること自体、「私でいいんですか?」と半信半疑になるような光栄なことだったので、お手伝いするからにはしっかり企業の思想を代弁したかったし、そのためにはまっさらな気持ちで向き合う必要がありました。そうして忍耐強く取り組んだ先には、確かなものが残るはずだと信じています。
吉井取締役 / 妥協なく完成したロゴからは、自分たちでもうまく説明できなかった企業の価値を改めて感じました。それは次の50年に向けての、大きな自信になったと思っています。