背景の物語を、しっかりつくる。
石川/3年間熟成させた日本酒、「紅葉」のリニューアルをお手伝いしたのが2004年。私が独立する前からのご縁もあり、麒麟山酒造さんとはもう20年弱の長いお付き合いになりました。
齋藤社長/これまでの仕事のなかで、一番反響が大きかったのがやっぱり「紅葉」。たくさんの方から「斬新ですね」と言われました。でも奇抜さを求めて、あのデザインが生まれたわけではないんですよね。「紅葉」は定番の辛口シリーズとは異なり、お客様の嗜好の幅に対応するために以前から季節限定で造っていたお酒です。熟成が進んでいるので本来ならまったりとした口あたりに仕上げるべき商品ですが、リニューアル前はその差を味で表現しきれていなかった。そこで酒造りの方法を変え、狙いとするふくよかさが増したところで、石川さんにリ・デザインをお願いした経緯がありました。
定番とは異なる、新しい入口を。
齋藤社長/お話ししたのは、普段の麒麟山の印象から飛躍した味わいであることと、あまり日本酒を飲まないお客様に対して新しい入口をつくりたいという思いでした。それを受けて石川さんが出した答えは、「紅葉=秋=円熟味」を連想させるコミュニケーション。食材に旨みがのる秋ならではの季節感を前面に打ち出せば、商品の魅力も自然と伝わるはずだと見せてくれたのが、葉っぱ一枚というデザインで(笑)。これは大胆だなと、正直驚きました。
石川/実はリニューアル前のラベルを見たとき、「コウヨウ」なのか「モミジ」なのか、読み方に迷ってしまって。そこで誰が見ても「モミジ」と一目でわかり、お酒が持つ背景である、木々が色づくように円熟の旨みが増すイメージを直感的に感じられる、シンプルなものを提案しました。ただ途中段階では「3年熟成 麒麟山 紅葉」と文字を入れたデザインも出していました。そのなかで「できれば取りたい」と「取って大丈夫なのか」の検証を、社長も私も何度も繰り返しましたよね。だから「文字は取ります」とご連絡がきたときには、思わず「本当にいいんですか?」と聞き返してしまいました。
齋藤社長/説明するための情報がいっさい入っていないけれど、「これ、何だろう」から「あぁ、紅葉だ」と腑に落ちる。そう思ってもらえればいいんだ、と最終的には覚悟を決めたんですよね。
企業とデザイナーの、垣根を越えて。
石川/「紅葉」でコミュニケーションの方向性を確立できたので、それ以降はだんだん図にのって、文字が必要ないデザインをすることが多くなりました(笑)。
齋藤社長/「梅酒」はまさにその流れ。ラベルもなくして、首掛けが一枚下がっているだけですからね。
石川/あれは社長のアイデアでした。社長が「首掛けにしたい」と思いついた瞬間にお電話をもらって、そこからはそのアイデアを生かすためにどう表現して定着させるかを考えました。
齋藤社長/「梅酒」は本当にふたりで話し合いながら、面白がっていっしょにつくった商品でした。
石川/個性的な商品の話をしていると勘違いされそうですが、もともとこだわりをもったいいものだから、デザインがのったときにお客様にまっすぐ届く。いくら目を引くビジュアルでも、中身がともなわなければ失速してしまうケースもあります。結局デザインだけでは闘えないんですよね。
デザインを、機能させるには。
齋藤社長/私はものが売れる仕組みのなかに、デザインがあると考えています。ボトルやラベルは鑑賞するためのものではないし、私たちが想定するお客様が手にしたあとも、継続して買いたいと感じてもらえなければ、そのデザインが機能したとは言えないでしょう。石川さんはそれをよく理解したうえで、麒麟山を選ぶお客様の嗜好を汲みつつ理にかなった提案をしてくれる。それが長い間、いい関係を築きながらいっしょに仕事をしてきた理由です。だから打ち合わせでは誰に、どんな場所で、どんな位置づけで売りたいのか、市場の話からはじめることが多い。マーケットに対してのアプローチ方法や、私の頭のなかで組み立てたことを、石川さんにはしっかりお伝えしているつもりです。
石川/チャネルごとの展開や商品と値段の関係など、細かいところまで教えてもらってから取り組むので、「値段は安いのに、こちらの方が高く見える」というアンマッチもなくなり、イメージの整理がずいぶん進みましたよね。全体を手がけることで見えてきたこともあって、とてもいい経験ができたと思っています。
社員みたいな、パートナーに。
齋藤社長/これを言うと失礼かもしれませんが、石川さんのことを半分社員みたいに思っているんです(笑)。
石川/ホントですか?確かに提案するとき、上司に見せているような妙なドキドキ感がありますね。そうか、この感覚の意味がやっとわかりました。でもうれしいですね、麒麟山というブランドのそばに身を置いてきた甲斐がありました。
齋藤社長/私たちは石川さんにブランドのイメージすべてを、つくってもらいたいと考えています。だから商品についてだけでなく、当社が置かれている環境や地域との関わり方、社員にどんな人材がいるのかも含めて、全部を理解してほしいんです。普段からずっと近くにいてほしいパートナーという存在ですね。そしてブランドの理念をデザインで実践してくれる、大切なスタッフのひとりだとも感じています。
石川/それは光栄です。これからも社長や酒造りに関わるみなさんの思いによりそいながら、お客様の気持ちや市場にしっかり根づくブランドづくりをお手伝いしていきたいと思います。